他人の言葉が気になるのはプライドのせい

プライドは扱いにくいもの。
まったくプライドのないもの問題と思うが、かと言って必要以上に出しゃ張るプライのため他人との関係が気まずくなる人が多い。プライドは適度な使い方が必要なもの。

他人から自分のことを言われるとすぐ「傷ついたー」とかいう人がいる。第三者的にみてそんなに強く言ってない場合でも、本人はすごく憤慨していたりする。それでどうして他人の一言に過敏に反応するのか考えてみた。
自分のことは他人のことに比べて分かりにくいもの。顔に何か付いていても自分の顔となると鏡でも見ない限り気づかない。他人から「顔にゴミついているよ」とか言われて慌てて鏡を見るくらい、自分のことは顔をはじめ心の中も分からないものといえる。他人には冷静に見える目も、自分のこととなると自分フィルターがかかるからよく見えたり人によっては悪くばかり見えたりする。

それで他人の一言に過敏なくらい反応する人に共通していることがプライドが高いということだと思う。当の本人は「私はそんなにプライド高くないです。」と言われるかもしれないが、他人がそれほど考えずに行った言葉に反応すること自体、プライドが高くて反応しているということだろう。プライドは持ってもいいけど、他人が何を言おうがそれくらいで過敏に反応するようプライドは持つべきではない。日本人はまだ相手のことを考えながら話す国民だけど、外国人には日本人の繊細な感情の機微は伝わらない方が多い。日本人でも最近は自分の思ったことを相手のことを気にせずズケズケ言う人が増えている。僕もそうだけど、日本語の美しさを使う生活を最近はやり難くなっている。これは世界を相手に活動する時代の弊害かもしれない。

人間は社会生活の中で生きているから、他人から認められたいという本能がある。認められないと仲間から疎外され生きていけないという恐怖心が根っこであるのだろう。だから好意的な言葉の反対の批判的な言葉には無意識下で嫌悪感が湧き上がってくるのだと思う。でも現代は他人の言葉を意識しなくても生きていける。だから自分のことを批判する言葉は、その人が自分に嫉妬しているから言っているのだと思えばいいのではなかろうか。

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他人の言葉が気になるのはプライドのせい

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