お金の価値は使い方次第

生活していく上で大切なものにお金がある。
今日はお金の使い方について考えてみた。

僕のようなシニア世代になると、
お金の使い方にその人の生き様
みたいなものが出てくる。

勤務先にいる社員の常識では、
住宅ローンや車のローンがない人が
金銭管理が良くて、
お金は天下の回りものと借金してまで
やりたいこと優先で生活している人は
お金にルーズみたいに思われている。

このことは世の中の一般常識かもしれない。

それで会社の中には
仕事は真面目にやっているのはいいとして、
貯金が趣味みたいな人がいる。
守銭奴という言葉が当てはまる人と言える。

そういう人は貯金が1億円あったとしても、
僕は別にすごいとは思わない。
だってその1億円は何の価値も生み出さないから。

お金って人から人に移動していくとき価値を
伴っていくのに、貯金で動きを封じられたお金は
紙くずと同じように、その存在は世の中に対して
役立たずでしかない。

人間生きていて良かったなと感じるのは、
誰かに感謝されたときだったり、
他人からの好意的な反応があるときが多い。

人間は地球にいる生物の中で圧倒的多数を占めているから、
人間社会という中でうまく生きていかなければ、
生き辛い生物なんだろう。
だから社会生活している中で孤立ほど
人間にとって辛いことはない。

そんな集団生活をしている中で、お金という存在は
感謝の気持ちを誰でも公平に伝えることができる
万能な道具みたいなものだと思う。
他人のために使ってこそ、
お金本来のパワーが発揮されるわけで、
お金を使うことを嫌い溜め込むのは、
結果的に人間社会から嫌われることに
なっていくよいうな気がする。

アメリカの鉄骨王カーネーが音楽の殿堂となる
カーネギーホールを作ったり、
ダイナマイトで富を残したノーベルが
世界的に権威あるノーベル賞を後世に残したり、
現代の富豪であるビルゲイツが慈善事業に
巨額な個人資産を投じたりしているのを見ても、
お金は世の中のために役に立つ使い方こそ
価値のあることなのだと思う。

carnegie-hall

お金の価値は使い方次第

2 thoughts on “お金の価値は使い方次第

  • 2016-06-25 at 04:20
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    Excellent and fascinating relnvw.Feyni’s analysis of the different degrees of improvement in different sub tests of the WISC is powerful and convincing. The shrinking of the degree of “rural idiocy” in recent years to now only a couple of IQ points is also strong evidence.

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    • 2016-12-24 at 13:23
      Permalink

      Chamomile in perfume always makes me think of apple pie! So if Lann-Ael was aplec-epreal in the breakfast nook, this one is apple pie in the garden. I’ll have to try this line someday.

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